2025年04月17日

【News LIE-brary】春の陽だまり、交差した視線 ― 那須川天心と三森大貴、下町喫茶での邂逅譚

午後の陽光が、磨かれたとは言い難い窓ガラスを通して、斜めに差し込んでいる。東京の下町、その片隅にひっそりと息づく喫茶店「珈琲時光（コーヒータイム）」。壁には色褪せた映画のポスターが貼られ、カウンターの奥からは、マスターが豆を挽く音が、まるで遠い日の記憶のように微かに響いていた。流れるのは、少しノイズ混じりのオールディーズ。そんな、時間が止まったかのような空間に、ふたりの若者の姿があった。

ひとりは、その鋭い眼光と、リングの上で見せる閃光のような動きで、日本中を熱狂させた那須川天心。もうひとりは、しなやかなバットコントロールと華麗な守備で、プロ野球界の次代を担うと目される横浜DeNAベイスターズの三森大貴。ジャンルこそ違えど、共に若くして時代の寵児となったふたりが、この古風な喫茶店で偶然にも隣り合わせのテーブルに座っていたのである。

きっかけは、些細なことであった。三森が注文したクリームソーダの鮮やかな緑色が、窓からの光を受けてキラキラと輝いていた。それを見て、ふと視線を向けた那須川が、「懐かしい色ですね」と、独り言のように呟いたのだ。その声に、三森が少し驚いたように顔を上げる。「ええ、子供の頃、よく親に連れてきてもらった喫茶店で飲んだのを思い出して」

そこから、堰を切ったように言葉が溢れ出した。それは、メディアの前で見せる勝負師の顔とは違う、等身大の若者の会話であった。

「子供の頃、ですか。俺も、地元のゲーセン帰りによくメロンソーダ飲んでましたね。なんか、特別な感じがして」と那須川。その表情には、神童と呼ばれた頃の面影が、ふとよぎる。ボクシングへの転向という大きな決断を経て、新たな挑戦の只中にいる彼にとって、それは遠い日の、しかし確かな原風景のひとつであったのだろう。

三森は、静かに頷きながら、那須川の顔を見つめていた。「わかります。僕も、野球を始めた頃のグラウンドの土の匂いとか、夏のナイターの照明とか、そういう何気ない記憶が、ふとした瞬間に蘇ることがあります。それが、今の自分を支えてくれているような気もするんです」

彼は、華やかなプロの世界で脚光を浴びながらも、どこか朴訥とした雰囲気を漂わせる。その言葉には、飾らない実直さが滲み出ていた。幼い頃、白球を追いかけた日々の記憶。甲子園を目指し、汗と涙を流した青春。それらすべてが、今の彼のプレーの礎となっているのであろう。

話題は、互いの競技へと移っていく。那須川は、ボクシングの奥深さ、一瞬の判断が生死を分ける緊張感を語り、三森は、打席での投手との駆け引き、ミリ単位の感覚が要求される守備の難しさを説いた。異なる世界の厳しさを知りながらも、そこには共通する「極める」ことへの渇望と、互いへの深いリスペクトが感じられた。

「天心選手の試合、いつも見てます。あのスピードと、相手の動きを読む力。どうやって培ってきたんですか？」三森の問いに、那須川は少し照れたように笑みを浮かべた。「いや、もう、ひたすら練習と、あとは…感覚、ですかね。でも、三森選手のバッティングも同じじゃないですか？コンマ何秒の世界で、あの速い球を打ち返すんですから」

ふたりは、それぞれのフィールドで、想像を絶するプレッシャーと戦っている。勝利への期待、ファンからの声援、そして、自分自身との闘い。その重圧を、彼らはどう乗り越えているのか。

「正直、キツい時もありますよ」と那須川は、テーブルの上のシュガーポットを弄びながら言った。「でも、リングに上がれば、全部忘れる。目の前の相手に集中するだけです」「僕も、打席に立つときは無心になろうとしますね。でも、やっぱりどこかで考えてしまう。ファンの期待とか、チームの状況とか…」三森は、少し遠い目をして窓の外に視線をやった。

店内に流れる曲が、しっとりとしたバラードに変わる。壁にかけられた古時計が、カチ、カチ、と時を刻む。それは、まるで、ふたりの若者が背負う時間の重さを象徴しているかのようであった。

ふと、那須川が窓の外を見ながら呟いた。「なんか、こうして話してると、不思議な感じですね。昨日まで知らなかった人と、こんな昔ながらの喫茶店で、子供の頃の話とかしてるなんて」「ほんとですね」と三森も微笑む。「でも、なんだか、すごく落ち着きます。こういう時間も、大切なのかもしれないですね」

彼らが注文したナポリタンが、湯気を立てて運ばれてくる。ケチャップの甘酸っぱい香りが、店内にふわりと広がった。それは、多くの日本人にとって、どこか懐かしい、郷愁を誘う香りであった。銀色の皿の上で、鮮やかな赤色が食欲をそそる。ふたりは、しばし無言で、その懐かしい味を噛み締めていた。まるで、過ぎ去った少年時代を味わうかのように。

小一時間ほどだったであろうか。ふたりは、それぞれの道を歩むために、席を立った。「今日は、ありがとうございました。なんだか、元気をもらえました」と三森が頭を下げる。「こちらこそ。またどこかで。今度は、球場に応援に行きますよ」那須川は、いつものように、少し悪戯っぽい笑みを浮かべて応えた。

店を出ると、午後の陽射しは、先ほどよりも少しだけ傾いていた。アスファルトの上には、長く伸びたふたりの影。彼らは、軽く手を振り合うと、それぞれ違う方向へと歩き出した。背中には、まだ若い未来への希望と、そして、どこか懐かしい、あの喫茶店の残り香が漂っているかのようであった。

那須川天心と三森大貴。それぞれの舞台で、これからも我々を魅了し続けてくれるであろうふたりの天才。この日の下町での邂逅は、彼らのキャリアにおいて、どんな意味を持つことになるのか。それは、まだ誰も知らない。ただ、あの「珈琲時光」の窓から差し込んでいた春の陽だまりのように、温かく、そして確かな記憶として、ふたりの心に刻まれたであろうことだけは、想像に難くない。時代の喧騒から少しだけ離れた場所で交わされた言葉たちは、まるで古いアルバムの１ページのように、ノスタルジックな輝きを放っていた。我々は、彼らが紡ぎ出す、新たな物語の続きを、ただ静かに待ちわびるばかりである。