2025年04月12日
【News LIE-brary】嗚呼、バンクは灼熱の坩堝! 工藤くん、爆音とオイルの香りに身悶え…鋼鉄の獣と交わる恍惚の夜
夜の帳(とばり)が下りた川口オートレース場。カクテル光線に濡れたオーバルコースは、まるでこれから始まる狂宴を待ちわびる巨大な生き物のようだ。轟音、オイルの焦げる匂い、そしてむせ返るような熱気。凡百の輩(やから)には耐え難いこの環境こそ、彼、工藤くんにとっては何物にも代えがたい媚薬なのである。
「…く、くく…始まった…始まるのだ…我が魂の饗宴が…!」
観客席の片隅、異様な存在感を放つ男、工藤くん。擦り切れた革ジャンに身を包み、その瞳は常人のそれではない。充血し、爛々と輝き、あるいは虚空を見つめているようでもある。彼の視線は、ただ一点、これからスタートする最終レースのゲートに注がれていた。その口元からは、抑えきれない期待と興奮を示すかのように、かすかな嗚咽ともつかぬ声が漏れている。
ファンファーレが鳴り響く。それは工藤くんにとっては、天上の音楽、否、地獄の釜が開く合図にも等しい。8台の競走車が、その獰猛なる魂をむき出しにしてゲートに並ぶ。メッキパーツがきらめき、エンジンが不規則なリズムで唸りを上げる。それはあたかも、これから始まる死闘を前に武者震いする鋼鉄の獣たちのようだ。
「ハァ…ハァ…美しい…ああ、なんと官能的なのだ…あのフォルム…あのエキゾーストノート…! 特に7番車…あの青い閃光…! 君の奏でる不協和音は、私の鼓膜を優しく、そして激しく愛撫する…!」
工藤くんの指が、まるで恋人の肌をなぞるかのように、空中で複雑な軌跡を描く。彼の脳内では、既にレースは始まっているのだ。いや、レースそのものが、彼の肉体と精神を侵食し、一体化しようとしているのかもしれない。
スタート! 大時計が0を指した瞬間、爆音は臨界点を超え、暴力的なまでの音圧となって観客席に叩きつけられる。8台の「獣」たちは、解き放たれた矢のようにアスファルトを蹴り、第一コーナーへと雪崩れ込んでいく。火花、タイヤの軋む音、そしてオイルの匂いが渾然一体となり、五感を激しく揺さぶる。
「い、イッたぁぁああーーーっ! 見ろ! あの密集! あのせめぎ合い! ぶつかり合う鋼と鋼! 飛び散る火花は愛の証! ああ、もっと…もっと激しく…互いを求め合うのだッ!」
工藤くんは立ち上がり、フェンスに身を乗り出さんばかりの勢いで叫ぶ。その形相は、もはや常軌を逸している。周囲の観客が訝しげな視線を送るが、彼の耳には届かない。彼の世界には、爆音と、疾走するマシンと、そして自らの内に燃え盛る倒錯的な情熱しか存在しないのだ。
レースは中盤。ハンデを背負った実力車たちが、猛然と追い上げてくる。特に工藤くんが「青い閃光」と呼ぶ7番車は、巧みなハンドル捌きでインコースを抉り、見る見るうちに順位を上げていく。
「そうだ…それでこそ私の7番車…! その滑らかなる肢体で、バンクの肌を舐めるように駆け抜けろ! 他の者どもを蹴散らし、蹂躙し、君こそが至高の存在であると証明するのだ! くふぅ…! あのバンク角…! マシンと乗り手が一体となり、重力に逆らうその姿…! まるで交わ(以下自主規制)」
彼の独り言は、ますます熱を帯び、もはや解読不能な領域へと突入していく。その目には恍惚の涙が浮かび、口からは意味不明な喘ぎ声が漏れる。彼は、レースを観戦しているのではない。レースそのものに、全身全霊で「参加」しているのだ。バンクを駆ける選手たちの汗、マシンから滴るオイル、タイヤが削り取るアスファルトの欠片すら、彼は自らの感覚として捉え、そのすべてを貪欲に吸収しようとしているかのようだ。
最終周回。デッドヒート! 7番車と、内から猛追する3番車が、ゴールライン手前で激しく火花を散らす。観客席のボルテージは最高潮に達するが、工藤くんの興奮は、その遥か上空、成層圏をも突き抜ける勢いだ。
「いけぇぇえええええええええっ! 刺せ! 刺し貫け! その鋭利なる先端で! 栄光を掴み取れ! ああっ…! もう…だめだ…! 私の…私の魂が…バンクに溶けていくぅぅぅ…!」
ゴール! 僅差で7番車が勝利を収めた瞬間、工藤くんは崩れるように椅子に座り込んだ。その表情は、極度の興奮と疲労、そして言いようのない充足感に満ちていた。まるで、自らがレースを走りきったかのように、あるいは、マシンそのものと一体化し、その勝利の恍惚を共有したかのように。
「…終わった…か…。だが、この熱は…この疼きは、まだ私の中に残っている…。次の饗宴はいつだ…? 待ちきれない…早く…早く、あの爆音とオイルの香りに、再びこの身を委ねたい…!」
夜風が、汗とオイルの匂いを運んでくる。他の観客たちが家路につく中、工藤くんはしばらくの間、闇に包まれたオーバルコースを、まるで恋人を見つめるかのように、じっと見つめ続けていた。彼の「変態」的なまでのオートレースへの愛は、今宵もまた、この川口の地に深く、そして歪に刻み込まれたのであった。彼の存在は、オートレース界にとって祝福なのか、それとも呪いなのか。それは、神のみぞ知る、いや、バンクの砂のみぞ知るのかもしれない。